三つ目の工夫である、喜右衛門の廻船「西漁丸」による引揚げの仕掛を検討する。
先に述べたように、エライザ号の引揚に西漁丸の60トンの浮力は大きな役割を持つが、西漁丸をどのようにエライザ号に結びつけるかで喜右衛門はかなり苦労をしたようである。
まず、「沈船の艫に廻船を仕掛候図」を検討しよう。
図中の説明によると、海底に水中横木を置き、それを西漁丸から㊈、㊉の滑車を引き大山形を起立させることで、沈船の船尾を引揚げると説明されている。
ただ、この図では水中の横木からどのように沈船の船尾に引揚力を加えるか不明である。船尾底は泥の中に3mも潜り込んでおり、横木を船底の下に設置できない。また、船尾部分にはこの横木をかける箇所がない。
そして、次図では大山形から水中横木への引揚げ綱は記載されておらず、また本図にはない十文字木が加えられている。
喜右衛門が何故この絵図で、西漁丸による引揚を説明しようとしたか不明だが、いろいろな試行錯誤をした中の1つの試みだったのではなかろうか。
ただし、この大山形は、次図のように西漁丸の船尾から綱と滑車を結び、十文字木・横木を介して沈船に引揚力を加えるときに、その反作用で西漁丸が沈船に引寄せられ、かつ船首が浮き上がるのを抑える役割があり、網船の山形と同様に西漁丸からの引揚げには必要な仕掛である。
次に「沈船揚方艫仕掛之図」を検討する。
本図には、沈船の船尾を引揚げる仕掛が10項目にわたって事細かに列記されており、滑車と綱の接続も複雑で解読するのにひと苦労であるが、次のように整理することができる。
エライザ号船尾の金具を、大柱から引揚げる。(図中の㋹、㋟)
エライザ号の船底の太綱を、大柱から(図中㊉)と西漁丸から(図中㋷、▲)引き揚げる。
水中横木と十文字木(両者は縄で結ばれている)を
・西漁丸と結び引揚げる。(図中㋑~㋠、㋦、㋸)
・大柱と結び引揚げる。(図中㊉)
・網船と結び引揚げる。(図中㋻、㋕)
・八重ナンバと結び引揚げる。(図中㋵)
また、ここでは十文字木と横木を引揚げるための網船が片舷3艘、両舷6艘が追加されており、「惣仕掛ケ之図」の網船46艘から、52艘に増えることになる。
沈船の船尾引揚げの仕掛を3次元図で表すと下図のようになる。
10項目のうち7項目が横木と十文字木を引揚げるための仕掛けである。
このうち、1.の船尾の金具は強度からみてせいぜい1トン程度の引揚力であろう。
また2.の太綱は沈船の船尾部は凹曲面となっており綱と接触しておらず、また舵があるためほとんど引揚力を沈船に加えることができない。
従い、沈船船尾部の引揚力は、3.の水中横木と十文字木を、西漁丸、大柱、網船、八重ナンバと引揚綱と滑車で結んで得られる。
その値は
西漁丸;引揚綱6本で60トン
大柱;2本で10トン
網船;8艘で64トン
八重ナンバ;2組で20トン
合計154トンとなる。
しかし、ここでも横木と十文字木からどのようにしてエライザ号に引揚力を加えるかという肝心な点は説明されていないのである。
本件をあれこれ考えたすえ、たどり着いた結論(推定)は次のとおりである。
・十文字木と水中横木は、エライザ号がの船底と海底との間に隙間ができるまで引揚げられた後、船底の下に挿入される。
・従い、引揚当初は西漁丸と網船8艘、八重ナンバ2組は引揚げに参加できない。
このように、引揚当初西漁丸などが引揚げに参加できない条件で、残りの仕掛で引揚が可能であるのか、次章で検討を行う。