エライザ号を引揚げるための条件として、先に
沈没船の水面上の重量+金属重量(大砲、金具釘等+積荷の銅)< 吊り船の浮力合計+大柱と滑車による引揚げ力
としたが、引揚の開始時には海底泥の抵抗が加わり
沈没船の水面上の重量+金属重量(大砲、金具釘等+積荷の銅)+海底泥の抵抗<吊り船の浮力合計+大柱と滑車による引揚げ力
となる。沈船の船底が海底泥から離れればこの泥の抵抗はなくなる。
まずエライザ号の積荷を検討してみよう
エライザ号の積荷については、石田千尋氏の著書「日蘭貿易の史的研究」に輸入時の積荷目録が記されている。沈没時の輸出品目録の記載は無かったため、石田氏に質問を差し上げたところ、オランダ国立中央文書館所蔵の出島商館の記録を調べていただき、次のようなデータを教えていただいた。
棹銅 300,000斤 (180トン)
棹銅を入れるための箱 3000個
薩摩産樟脳 50,000斤 (30トン)
板1400枚
絹の時服 50枚等
その他の積荷では、樟脳は比重が約1であり、木材の板・服なども比重は1以下であるから、積荷中で引揚の負荷となるのは銅のみとなる。
海中にある銅の負荷は海水の比重分軽くなり、海水中の銅の引揚負荷は銅の重量x(銅の比重ー海水比重)/銅の比重=180x(8.5-1.0)/8.5=159トンとなる。
エライザ号自体の負荷としては、まず金属部分である。
長崎奉行役人「成田繁次日誌」には大砲は取り外され陸揚げされたと記されており、これは無しとする。ただ、弾丸は船倉下部に格納されており、1トンを想定し、海中負荷は1x6.3/7.3=0.9トンとする。
喫水下の銅板は、18世紀後半には、1mm厚さ程度のものが使われており、これで喫水下全面に取り付けると、重量は6トンで、海水中負荷は6x7.5/85=5.3トンとなる。
釘・ボルトの類については合計15トンを想定し、船体の海面上の体積に応じて按分して負荷とした。
木部については、海面下にある部分は比重=1で引揚げ負荷にはならない。船が引揚げられると、海面上に現れた木部重量が引揚の負荷となる。この算定は単純には計算できないため、エライザ号の3次元モデルの演算機能を使って算出した。
海底泥の抵抗は、エライザ号が沈没した木鉢浦の海底地質のデータが不明のため推定となるが、船尾が3mの深さまで埋まった状態で、沈船の水中負荷が、海底泥との密度差による浮力+海底泥の粘性抵抗により支持されていることから算出する。
先の沈没状態の図で、干潮時の沈船負荷は270トン、泥中の体積は150m3 であり、泥の比重を1.5として、泥による浮力は75トン、泥の垂直方向の粘性抵抗力は195トンとなる。
沈船を泥中から引き上げるためにはこの粘性抵抗力195トンが負荷となる。
ただ、この泥の抵抗は船底が泥から離れた瞬間にゼロとなり、その後は水面上の重量+金属の重量が引揚げの負荷となる。
ちなみに、垂直方向の粘性抵抗力は、側面積135m2 に比例し、単位面積当たりの粘性抵抗は1500kg/m2 となる。
オランダ人が行ったと考えられる水平方向に綱で引揚げようとすると、泥に埋もれた沈船の底面積全体266m2 と粘性抵抗値1500kg/m2 の積400トンが水平方向抵抗力となり、その値は垂直方向の2倍の抵抗力となる。これでは、キャプスタン(巻上げ胴)と滑車を組み合わせて150トンの力で引いても沈船が動かなかったわけである。
以上を、表としてまとめると次のようになる。
これより、エライザ号を海底泥から離脱させる時の引揚の負荷は407トン、船体が揚るにつれ水面上の船体木部の重量が増加し、2.7m揚がり引寄せ時の負荷は446トン、5.7m揚りで665トンとなる。
次に沈船を引揚げるための仕掛の引揚力を見てみよう。
エライザ号の船体が揚るにつれ変化する負荷に対応し、引揚げ仕掛の能力も各々の段階で変化させ対応して必要があり、以下のように推定した。
エライザ号を海底泥から離脱させる時点では、横木・十文字木をエライザ号船底下部に置くことはできず、西漁丸の浮力60トンは引揚げ力には使えない。また、横木・十文字木に結ばれた八重ナンバ2基と網船8艘は引揚げに使えない。
エライザ号を海底泥から離脱後、船尾をさらに引き上げ、横木・十文字木をエライザ号船底下部に押し入れる。これにより、初めて西漁丸の浮力を引揚げ力として加えることができる。また、横木・十文字木に結ばれた八重ナンバ、網船も引き揚げに参加できる。
この後、2.7mまでエライザ号を引揚げ、八重ナンバ・山形を外し、網船と西漁丸の浮力でエライザ号を浮かせた状態で、網船に帆を張り、水深6mの場所まで引寄せる。
水深6mの海底に丸太を多数並べて、エライザ号をその上に置き、新たに浮舟として加える網船の22艘に丸太を結び、合計74艘と西漁丸で、エライザ号を5.7mまで引揚げる。
水深3mの場所にエライザ号を据え、船底破損個所の水止め、海水くみ出し、積荷の取出し、浜までの引き上げ準備をする。
5.7m揚りまでの引揚げの負荷と、仕掛の引揚能力をまとめたものが次の表である。
引揚げの各段階で、負荷合計より引揚能力合計が上回っていれば、引揚げが可能であり、いずれもこの条件を満たしている。
ここで、海底泥離脱時には、西漁丸は引揚げに参加できず、18組の八重ナンバ引揚力180トンを加えないと、網船と筏の浮力のみではエライザ号を引揚げられないことが分かる。
また、エライザ号を2.7m引揚げた後の引寄時には八重ナンバは引揚げには使えず、その場合は網船と西漁丸の引揚力を加えないとエライザ号を浮かせた状態にできないこともわかる。
さらに、エライザ号を5.7mまで引揚げると負荷は665トンとなるため、網船の数を増やして、網船74艘+筏+西漁丸の引揚力が必要になる。
この後エライザ号は、スロープ上をコロ引きで、浜まで引き上げられたと推定するが、この仕掛けについては次章の引揚げのステップで検討する。