大柱・八重ナンバは船の中央から船尾にかけて配置されている。これは、船尾が深く泥の中に沈み込んでおり、引揚時の泥の抵抗が船尾部に集中することに対処するための工夫であろう。
「沈船左右の柱に八重ナンバを仕掛ケ候図」では、柱の下部に筏を取付けこれを海底に据えるとなっている。
しかし海底は船底が沈み込むような粘土であるため、柱の基礎固めが必要である。
報告書「浮き方一件」には海底に柱を立てるために入用として2000俵の土俵が記されており、この土俵を海底の泥上に敷詰め、その上に柱下部の筏を乗せて、柱の支持を固めたのであろう。
「沈船左右の柱に八重ナンバを仕掛ケ候図」に、網船と巻上の引綱の構成を加え3次元図(1組分)としたものを下図に示す。
沈船引揚綱は八重ナンバの下部滑車に結ばれ、上部滑車との間に渡された11本の巻上綱を巻上げることで引揚げられる。
巻上綱はさらに3輪の組合せ滑車を介して網船に取付けられ、3輪滑車の巻綱は網船の巻上胴で巻上げられる。
この八重ナンバの仕掛の能力を以下で検討する。
まず八重ナンバは、6輪の組合せ滑車であり、全ての輪に巻上綱をかけ巻上げると、その12倍の力で引揚げ力を得ることができる。ただ、絵図に示されたように下部動滑車の輪から巻上綱を取出すと、上下の滑車にかけられた巻上綱の数が1本減って11本となり、引揚力は11倍となる。
この巻上綱の配置は、網船にかかる巻上力をなるべく水平に保って、網船が回転しないように抑える工夫であろう。いずれにせよ引揚力の1/10以下の巻上力で引揚げることが可能となる強力な仕掛けである。
この6輪の組合せ滑車をwebで調べてみたが、18世紀当時の木製滑車で4輪以上のものを見出すことができなかった。知見の有る方に教えていただきたいものである。
そして、この巻上綱は3輪の組合せ滑車を介して網船に取付けられており、巻上力はさらに1/6となる。
網船に設置された直径200mmの巻上胴で巻綱を巻き上げるとして、1m長さの柄を用いれば、柄を回すための力は1/10となり、仕掛け全体では
1/11x1/6x1/10=1/660
となる。
人力で柄に加える力を25Kgとして、効率を60%とすると、
25X660x0.6=9900Kg≒10トン
つまり、八重ナンバ1組あたり約10トン、両舷20組で合計200トンの引揚力を得ることができることになる。